こんにちは、ロスめろです。
今週やったことの振り返りになります。
<週課系>
・シミュレーション戦闘(2/7)
・夢幻の迷宮 幻影(2/7)
・星座の塔(1/6)
<イベント>
・グラストヘイム精錬祭(討伐など)
<その他>
なし
<総評>
仕事忙しすぎた!!!
それと金曜辺りからチビらが胃腸炎になってしまって、私も例に漏れず感染して終わってた・・・。
終わってたというか、今も現在進行形で終わりながら書いています。なみだ
とにかくアポ取ってた顧客対応と打ち合わせだけやって、
あ、候補日程送り忘れてた。送らなきゃ。
なんだかバタバタとしています。
というのはまあ、さておきですね。
なかなか今週はROする時間が取れなかったんですけど、
精錬祭の討伐やら空いた時間にやりつつ、
あの、なんでしたっけ、すごろくのやつ?をちょっとずつ進めてました。
ただ、…いや、私のリサーチ力が低いのはいつも大前提なんですけど、

ドッフル?ギャンガ?倒してこいって言われて、
私なりに調べたところドッペルゲンガーの事ってどこかに書いてあったから、
それ倒すためにわざわざゲフェニア3走り回ってようやく倒したのに、
愕然としましたね。
茫然自失でした。
そのあとすぐスキップしましたけど、なんだったんですかあれは。
そんな経過もあって、今回のイベントは私にとって少し難しいイベントだなあって所感なんですけど…、
周りには「一丁前に数式とか使う癖に理解力なくない?」と言われる始末。

とは言え私、喋ると分かると言われるんですけど
実はあんまり頭良くないんですよね。
なのでその指摘は半分くらい当たってます。
頭良いフリは大得意です。
その最たる要因は、理解力が無いという側面も事実あるのですが、
そもそも、理解する前に諦めるのです。
諦めるのがめちゃくちゃ早い。
諦めないで追及する事も往々にしてあるけれど、
根拠や理由が無ければけっこう簡単に諦める。
これを私は、諦観と呼んでいます。
私の思う私の好きなところの1つです。
よくあるじゃないですか。
同じ場所を掘り続けて、
途中で諦める人と、
諦めないで掘り続ける人。
諦めないで掘り続けた人が、宝石を掘り当てる。
途中で諦めた人は、それを繰り返して何も得ない。
みたいな。
でもこれって、あくまで継続する事の大事さを謳っているだけで、
肝心の心理的観点が抜けていると思うのです。
もっと言うと、実際の人間の意思決定を支配している心理要因をほぼ無視している。
人は「いつ出るかわからない報酬」に対して継続しにくいっていうのが前提としてあると思っていて、
なのに続けていればいつか利益を享受できると無意識に思い込み過ぎている。
あとは、サンクコスト効果 によって本来やめるべき状況でも続けてしまうみたいな背景もありますね。
つまり、続けていればいつか叶うみたいな考え方に対して、人は無頓着過ぎませんか?
私は、諦観的である事がそれらを全て解決すると思っていて、
例えば「3m地点で宝石を発掘した人がいる」という前提があったら、
じゃあ、「3mだけ掘ってみよう」と思います。
それで、3m掘って何も出なければ、諦める。
「あの人は3mで出たけど、私は出なかった。」
それだけの事だと諦観する。
これを、「もう少し掘れば出るかもしれない」と思ったりはしません。
3mで宝石が出たというケースがあるから、3mまで掘るのは明確に理由があるけれど、それ以上掘る事に理由は無いです。
「出るかもしれない」という希望的観測でしかありません。
あるいは、「なんで私は出ないんだ」と悲観的になる事もありません。
出なかったという事実に対してそこまで執着する必要が無いのです。
ただの確率論かもしれないし、運が悪かっただけかもしれない。
そこに対して悲観する意義は無いと考えて良いと思っています。
すべて、諦観的である事。
合理的に諦める。
これを身につけると、驚くほどストレスに強くなります。
というか、ストレスが何かわからなくなります。
ストレスに対して何も思わなくなる。
ストレスっぽいものを微細に感じても、
「そういうものだからね」で終わる。
それから、無駄の省略ができる。
続けることが無駄じゃないケースもありますが、
続ける根拠が無いならそれは結果論に過ぎません。
根拠を見出したら、その時にまた始めれば良い。
それで十分なのです。
これが、諦観的である事の強さ。
私はこれを学生の頃、パチスロで学びました。

今週も頑張っていきましょう!!!